“その昔、罪人に対する処刑の作法において、 左右から罪人の顔の前で槍を交差させて見せる決まりがあり、 この行為を「見せ槍」と称した。 それから幾星霜、「処刑する(貫く)前に一度槍を罪人に見せる」行為が転じて、 現代では、「レイプする(挿入)前に一度ペニスを相手に見せる」行為を指すようになった。”
“うちの親父は食道ガンで亡くなったのですが、末期でほとんど食事が摂れない時に俺にこう言ってきました「病院の近くに美味いそばとカツ丼をセットで出してくれるぼろっちぃ店を見つけたから、食いに行こうや」と。 俺はお肉が大好きで、そばも大好きです。これは親父と共通の好物だったので、よく二人で食べに行っては「ここマズイな」とか「ここ美味いな、また来ようぜ」と楽しんだものです。 ですがその時点で親父は末期の食道ガンで、食事は一切受け付けない状況でした。大好きだったざるそばを食べようとして喉に詰まらせ(食道ガンは食事が喉を通らなくなります)全部戻して、あんなに大好きだったのに「二度とそばなんぞ食べん」と言った時の親父の表情は今も忘れられません。 その親父が「食べに行こうや」と言う…俺は「いや親父、飯食えんのとちゃうの?」と聞くと「食えなくなる前にちょっと食ったんだ。凄く美味しかったから、お前に食わせてやりたいから、行こうや」と言いました。 書いてて今も泣けてくるんですが、自分が全く食事も摂れずに、食べたくても食べれなくて痩せこけて死にかけてるのに「お前に食わせてやりたい」とか言いやがるんですよ。 その時は「さすがに俺だけ食うなんて出来ねぇから、ちゃんとガンを治してまた二人で行こうぜ!!」と言って俺は拒否しました。 俺はこの時の事を今は後悔しています。親父が食事を一切摂れない事は本当に辛かったと思う。だけどそこで「お前も苦しめ」なんて思う奴がどこにいると言うのか。 親父はきっと「死ぬ前に、お前が美味しそうに俺の前で御飯を食べてる所を見たい」と言いたかったんだと今は思います。 俺は親父が食えなくなってから、親父に隠れて御飯を食べるようになっていたので。 何故俺は親父がオススメする店に最後に一緒に行かなかったのか、何故親父の前で「親父これ美味いな、ありがとな」って言ってやらなかったのか、今でもたまに後悔するんです。 俺は拒否した時点で親父の不幸を共有してしまった。もし一緒に食べに行って「親父ありがとな」と言えていたら俺から親父に幸福を共有する事が出来たのではないか?と今なら思うんです。”
“「ロボットの鬱」と言うものがあってな? 所々に設置された充電スポットを自身の電池残量と相談しながらランダムに探しに行くプログラムを作ると稀に「電池が見つかる事が期待できないので動かない」って判断するロボットが出てくるんだ…”